おたびのやつ

ザビーズ限界修羅オタクBB略しておたびのSSを久々に書いたのでこっちに載せておきますね。なんのこっちゃって人は昔そういう同人誌を出したんだなあと思ってくださるとありがたいです。

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 引越しを済ませて一週間後、大学から通知が来た。私の巣ごもり学習はもうちょっと続くらしい。であればやはり『アレ』の導入を検討しても良い頃だ。『アレ』は絶対役に立つし、最悪私が貰えば良い訳だし。
「あのね、君の中で調理が許されるラインってどこまで?」
「なんです突然」
「例えばお湯を沸かして注ぐという動作や、あるいは鍋を火にかけて温めたり、レンジでチンしたり、そういうのをどこまで許容してくれるかって話だよ」
「……」
 BBは黙った。スンッて顔をしている。人形みたいに整った顔だなこんちくしょうと思った。
「いやあのね、お味噌汁作るやつ買おうかなって思うの。コーヒーメーカーみたいにやるやつ。バイキングとかでたまに見るやつ」
「バイキングはあまり行かないので知りませんが……コーヒーメーカーと同じ構造という事は、お水とお味噌をセットすればお椀一杯分に出てくるといったような……?」
「そうそう、そうだよ。見て」
 私はアマゾネスドットコムのホームページで商品の画像を見せてみる。私のスマホの画面はちょっと割れているので凄く嫌そうな顔をされた。
「それで、これをどう使うんですか?」
「君さえちゃんと自分でやってくれるなら、私が毎日水と味噌をセットして置いておく。具がないと寂しいだろうから、1回分の乾燥わかめとか豆腐とか、そういうのラップに包んで置いておくし、君はお椀を用意してポチッとやって具を後から入れるだけ。毎朝お味噌汁が飲めるよ」
「藤丸さんは私をなんだと思っているんです? 別にそれくらい簡単にできますし! よゆーですし!」
「放置してればエナドリしか飲まない癖に?」
「そこはこう……定期的に『今日の分飲んだ?』みたいなメッセージを送ってくだされば……」
「『おばあちゃん今日のお薬飲んだ?』じゃないんだよそこまで私するの? 良いけど」
「良いんじゃないですか」
「良いけど本当に知らないよ? 堕落するのは君なんだからね」
「何故窘められているんでしょう? BBちゃんは可愛いしお金持ちだから人生に憂う事など先輩方がいつか卒業するその日まで何もないと言うのに」
「私もその日が怖いよ。Xデーって呼んでる」
 その日に私は解雇される可能性が高いので今から積立をしている。最近未来が怖くなる事が増えて、しかも妙に具体的な怖さなので、これが大人になるという事なのかな、と思っている。今一番怖いのは来年の所得税だ。
 ともかく許可が下りたのでアマゾネスでポチッとしておいた。便利な時代に感謝、物流を止めないでいてくれている全ての働き手に感謝である。

 

 結論から申し上げると三日坊主にすらならなかった。メッセージに既読がつかないからおかしいと思ったらその通りだった。
 これは致命的な考慮不足だったのだが、なんとBBに1日の感覚などないのだ。だから朝とかもよく判ってないのだ。彼女の部屋のカーテンは全自動式で尚且つタイマー式なので私が毎朝7時にご開帳するようセットしてはいるけれど、仕事をしているかライブのブルーレイで発狂している彼女に朝日など認識できる訳がなかった。
 いやいつ寝てるんだろう。全然判らん。ベッドも私が掃除しているけれどサイズが大きいし私からすれば良いホテルのベッドみたいなベッドなので、現実感がない。これで寝汚いタイプならぐっちゃぐちゃなんだろうけど、彼女は死を疑うレベルで静かに眠るので、やっぱり朝ぬけがらになったベッドはとても綺麗なままなのだ。
 そうして流しのシンクも綺麗なままだった。つまり食器が汚れるような事をしていない。
「すみません、完全に意識の埒外にありました。お味噌汁という存在が」
「選択肢にもなってない訳だね」
「はい」
「じゃあ紙コップと割り箸置いてすぐ捨てられるようにしても無駄だな……。君、朝ご飯食べた?」
「ちょっと待ってください。……食べましたよ?」
「何を」
チロルチョコ
「デスクの引き出しに私が突っ込んだやつね? まあそういう意味では良かったんだけど」
 そもそも朝食らしい朝食を取っていないのが問題であるのだから、この解決策はなんだろう。
 そう考えて、私はやっぱり諦める事にした。だってそもそも使わないなら私が引き上げようと思っていたお味噌汁メーカーだ。そうなれば、使い方は決まっている。だから諦めるしかなさそうなのだ。
「朝食、作りに来るね。明日から」
「エッ良いんですかあ!?」
「露骨に声を作るのをやめなさい。要はそういう魂胆なんでしょ?」
「えっやだなあそんなまるでBBちゃんが謀ったような」
「そこまでは言わないけども。君は目的の為ならば手段を選ばないので」
「よくご理解頂けていて嬉しいです。今後とも末永くよろしくお願い致します」
 語尾にハートマークが見えるようだった。全部彼女のやって欲しいように私は動くしかないというオチだ。
「BBちゃんハッシュドポテト食べたい! ちゃんと揚げてるやつ!」
「はあ!? 朝から油料理作らせる気!?」
「はい」
「曇り無き目で言うな」
「ソーセージも食べたい。ボイルしたやつ。生ハムも」
「なんで? チロルで我慢できるんでしょ? 突然食欲が牙を剥くな」
 朝早起きしたくないから、お味噌汁メーカーで解決しようと思ったのに。こうなったら毎朝5時起きして朝にやれる家事片付けてしまおうかな。5時に起きるなら7時頃には気力が出てポテトも楽々揚げられるかもしれない。
 そう考えたら俄然やる気が出てきてしまった。頑張ろう。

 

 次の日の朝、食卓に並んだのは大量のハッシュドポテトとソーセージ、それからサラダにフルーツポンチ。コーヒーも2人分。BBには朝からこんなに食べさせるなんておかしいと文句が出た。そんな当たり前の文句は当たり前の規則正しい生活を送ってから言えと突っぱねた。彼女は文句が多いのだ。もう一つ文句があった。
「このメニューにお味噌汁は合いませんって!」
 そうそう、君がそうやって困った顔して食べるところが見たかったんだよね。

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